2,210km

2,210km
2011年に自転車で走った距離。

あまり遠出はしなかった2011年。そしてエントリーしたにもかかわらず大雨や台風で走れなかったサイクリング大会が二回もあった。・・・にもかかわらず2,210kmと言う記録はなかなかのものである、と自画自賛。あまり長い距離は走らなかったけど、その代わり週末小まめに走りに出掛けた成果である。

今年は真夏の炎天下に 「四国の右の下」 を走ったし、久しぶりに 「しまなみ海道」 も走った。そして一番嬉しかったのは比較的近くにある 「島」 にもかかわらず今まで機会に恵まれなかった念願の小豆島 を走れたこと。これでまた 「自転車で走った島々」のデータベースに新しい島が一つ加わった。

毎年年末になると同じことを書いているが、一人で走ったってちっとも愉しくない。一緒に走ってくれる仲間がいてこその 2,210km。一緒に走ってくれたみなさんに今年も感謝。そして来年も怪我なく愉しいサイクリングができますよーに。

良いお年を。

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祝 iPhone一周年

ふと思い立って手に入れた iPhone4。早いものであっという間に一年が過ぎた。その後日本の携帯電話市場はスマートフォン一色に染まる。ワンセグや電子マネー機能も付いた機種が次々と登場し、スマートフォンもまたガラパゴス化しそうな勢いだ。

一年を振り返って iPhone にして良かったことを整理しておこう。

GPS機能付の地図アプリ、方向音痴なわたしには手放せない必需品。
もう迷わない。

・移動ログを記録してくれるアプリ、自転車で連れて行ってもらったコースを後からちゃんと確認することができる。
もう悩まない。

・スケジュール、と言っても日記代わりの予定表だが、Googleカレンダーとネットワークで同期されるのはとても便利。ついにザウルスにたまっていた10年以上の予定表も iPhone に入れてしまった。
ますます覚えられない。

・過去に三日坊主で終わったお小遣い帳、いつも手元にある iPhone のアプリなら続けられる。
もう無駄遣いしない、、、しない?

Facebook を始めたお陰で、久しぶりの大学時代のクラブのお泊り同窓会もとんとん拍子に決まる。
もうご無沙汰しない。

他にも多彩なアプリがロード・レースの結果を教えてくれたり、カウントアップ・カウントダウンしてくれたり、星座をみせくれたり、月の満ち引きを教えてくれたり、世界遺産を紹介してくれたり、、、と暮らしが便利になり豊かなになった。唯一のマイナス点は電車の中での読書時間が減ったこと。

iPhone をはじめとするスマートフォンは、アプリをはじめネットやメールがパソコン並みに使えることはもちろんだが、タッチパネル操作が従来の携帯電話と比べて使い勝手を良くしている重要なポイントだと思う。
そう考えるとつくづく残念に思うことは、Appleよりずっとずっと前にタッチパネルと多彩なソフトでPDA界の王様だったザウルスが(たとえば、) Zaurus Phone として今の時代に生き残っていないこと。これは Clie というPDAと Walkman を作っていた Sony にも当てはまる。

このブログ、Zaurus Phone からアップしましたー!・・・なーんてことになってたかも知れないのに。ね?

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四国の右下ロードライド2011

このクソ暑い7月に四国で開催される 「四国の右下ロードライド」 というへんちきりんな名前のサイクリング大会。「参加しませんか?」 と誘われ、何か難癖をつけて断ろう、とサイトを覗いてみる・・・とそこに 『開通前の日和佐自動車道を走ります』 と書かれているではないか、、、。つまり、この日を逃すともう二度とこの道を自転車では走れないわけで、となると希少性にめっぽう弱い私は暑さのことなどすっかり忘れて 「参加します」 と返事してしまった。

2011年7月10日、舞台は徳島県美波町(旧日和佐町)。廃校になった日和佐高校 (現在は 「ウェルかめ博物館」 となっている) に約500人のサイクリストが集まった。コースはファミリーコース20km、ハーフコース60km、ロングコース116kmの三つ。自称ベテランサイクリスト、ハーフじゃぁ物足りないでしょ、とロングに申し込んだ。(・・・が、当日、後悔の嵐が吹き荒れる。)

エントリーと開会式を終え、スタート地点の日和佐自動車道の入口に移動しスタート。とりあえず朝も早く涼しいので快調に走る。

日和佐自動車道入口のスタート地点
Migishita_01

自動車専用道路だー
今日しか走れないんだもんねー
と最初は超ご機嫌。

じどーしゃせんよーどーろ
Migishita_02

しかし自動車専用道路は直ぐに終わり一般道に出る。車の少ない緑いっぱいの快適な道なのだがとにかく暑い。陽が高くなるにつれ更に暑くなる。気温の上昇に反比例して気分が下がってくる。

約60kmで一旦ゴール地点を通過するのだが、その時、もうゴールしちゃう?という誘惑に駆られる。とにかく暑いのだ。後半はまず美波町とお隣の牟岐町を結ぶ観光道路 「南阿波サンライン」 を走る。そりゃエアコンの効いた車で音楽を聴きながらドライブしたらさぞかし気持ち良かろうがこっちは無防備な自転車だし。登り坂と暑さ、登り坂と暑さ、の戦いだし。帰りの国道55号もこれでもかー?というくらい延々登り坂が続くし。。。

南阿波サンライン Migishita_04

・・・と不満ばかり書いてしまったようだが、辛かった分だけ達成感も大きい。登り坂があればその先には必ず下り坂のご褒美も待っている。ゴール手前の約10kmは木陰たっぷりの涼しい裏道を走らせてくれたし、何よりあの炎天下のもと、いつやって来るなかわからないライダーを待って贈ってくれる町の人達の熱い声援にはどれだけ励まされたことか。結局なんだかんだ言っても走り終わってみれば、ありがたかった声援と心地よい疲労感と達成感しか残らないものである。

南阿波サンライン 第一展望台 Migishita_03

やっぱり四国はいいところだなぁ、、、としみじみ感じた自然豊かな四国の右下での一日であった。

iPhoneで取ったGPSのログをルートラボってみました。

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炭酸煎餅

もうずいぶん前に ワレ でも書いたけど、炭酸煎餅が大好きである。控えめな甘さとパリパリとした歯ごたえがたまらない。

有馬温泉ではあっちでもこっちでもこの炭酸煎餅が売られている。多分どこのお店でどの炭酸煎餅を買ってもたいして違いはない。・・・と思っていたが、どうやら違うようだ。

有馬温泉のあっちにもこっちにもお店がある "三津森" さん。古い造りのお店の方で売られている炭酸煎餅は32枚入り(2枚一袋X16袋)で945円。少し下にあるお店では 18枚入り(6枚X3袋) が250円で売られている。1枚の単価は 29.5円13.9円 になり、倍以上も違うことになる。(包装の仕方も違うので単純には比較できないが。)

その差の理由は単純明快。安い方は機械での大量生産。高い方は職人さんが一枚一枚丁寧に焼いているイワユル手焼きである。人が手間を掛けている分だけ値段が高いのだ。

では味はどうなんだろうか?人の手で焼こうが、機械で焼こうが同じ炭酸煎餅。味が変わらないのであれば安い方をたくさん食べられた方がいい。特に私は何かと違いのわからない奴なので、安い方で充分かも知れない。

そこで、今回は手焼きと機械焼きの両方の炭酸煎餅を買い求め、どちらかわからないようにして食べ比べてみることにした。そして厳正なる食べ比べをした結果、この違いのわからない私が 「味がしっかりしていてコクがあるこっちの方が好き。」 と選んだのは、、、ジャーン! 1枚29.5円の手焼きの方。
珍しく違いのわかった炭酸煎餅。これからは手焼きの炭酸煎餅を一枚一枚じっくり味わって一枚一枚大切に食べようと思う。

左が機械焼き。右が手焼き。
Tansan_senbei01
右の手焼きの方がやや小さくやや薄く、縁の処理が雑。
Tansan_senbei02
炭酸煎餅職人。
時々窓を開けて焼き立ての煎餅のカケラをくれる。
Tansan_senbei03


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1,976km

1,976km
2010年に自転車で走った距離。
去年は新しい自転車に浮かれて結構走ったのでそれと比べるとちょっと少ない。けど、特筆すべきは今年は12月に入ってから毎週末走ったこと。比較的暖かくてお天気が良かったこともあるけれど、真冬の12月に毎週走ったなんてことはここ数年無かった。

今年は大好きな島巡りとびしま海道に始まり、初めて自転車で六甲山に登った。憧れの多摩川サイクリング・ロードも走ったし、東京都内の名所を自転車で周った。白山スーパー林道サイクリング2010に参加したし、合掌造りを巡るポタリングもした。世界遺産の高野山にも登ったし、ひまわり畑も走った。去年に引続き石垣島アースライドにも参加したし、おまけに西表島も走ることができた。

一年間元気に、そして何よりも一緒に走ってくれる仲間がいるってこと、毎年大晦日に一年を振り返ってしみじみ幸せなことだなぁ、と思う。

一緒に走ってくれた皆さん、本当にどうもありがとう。
来年も是非よろしくお願いします。 

良いお年。

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【インカへの道】 アンデスの動物たち

今回の旅行は、たくさんのアンデスの動物たちにも出逢えた旅でもあった。

せっかくなので、ペルーで出逢った動物たちを紹介しておこう。


アルパカ

いろんなところで出逢える 。野生はおらず、ほとんど家畜だそうだ。セーターやマフラーにいちばん利用されている。ガイドさんの粋?な計らいで一度だけ夕食に戴きました。

こんなところで暮らしてます。

Alpaca_01

逃げないでー

Alpaca_02

コルカ渓谷の小さな村マカの人気者、
ペペちゃん。

Alpaca_03

アルパカの赤ちゃん。連れて帰るーっ!

Alpaca_04

毛を刈らないとこんな立派な姿?

Alpaca_05


クイ(テンジクネズミ) ◇

かわいーっと写真を撮った直後、

Cui_01

Cui_02

昼食に出てきて息をのんだ。

Cui_03


ちょっと怖々。

Hawk_01


リャマ

マチュピチュ遺跡にもいます。

Lama_02

Lama_03

チュッ

Lama_01


コンドル

アンデスのコンドルは世界最大の猛禽類

Condor_01

・・・とはいえ、こうなるとお茶目。

Condor_02


の置物 ◇

侵略してきた "闘牛の国スペイン" に敬意を表している、
といいつつベロを出している。

Cow_01


ビクーニャ
カシミヤよりもて肌触りがよく希少価値がある。一時は絶滅の危機に瀕したが、保護地区が設けられその数は徐々に回復している。

とても高価には見えませんが、、、

Vicuna_01

保護に協力し、草をあげました。

Vicuna_02

マフラー、約6万円也。

Vicuna_04

こんなお尻でしゅ。

Vicuna_03


ビスカチャ
(うさぎみたいだけどリス科だそうです。) 

マチュピチュ遺跡内にて発見。

Viscacha


トカゲ

同じくマチュピチュ遺跡内にて発見。
 

Tokage_01


マチュピチュ村の犬

生きてます。

Machupichu_dog01

ヨダレを垂らして呑気に寝ているだけです。

Machupichu_dog02


インカ犬 (ヘアレス・ドッグ)

銅像にしか見えません。

Inca_dog02

寝ていても人相(犬相)悪し。

Inca_dog01


そして最後に、、、


◇ 日本から連れて行った(連れて行ってもらった?)
  学名:ホモサピエンス

この左側と真ん中のヒト科の気のイイ2頭のお陰で
ペルー旅行が何倍も何倍も愉しいものとなった。

Friends_01


[ お し ま い ]

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【インカへの道】 石を軟らかくする方法

インカ帝国の残した建造物(多くはスペイン人に破壊され "跡" になっている) を観ていると、インカ人は石を軟らかくする方法を知っていた、という勝手な結論に達した。

クスコにある "12角の石" や "14角の石" 、そして サクワイワマン の要塞跡の巨石の石組を見せられると、なんらかの方法で石を軟らかく、たとえるならば粘土くらいの軟らかさにして形を整え、重ね合わせ、その跡なんらかの方法または時間の経過で元の固い石に戻す、という方法しか考えられないのだ。

適当に石を切って接着剤で重ねた?
 ― いやいや、石と石の間に接着剤の類は使われていない。

器用に削った?
 ― いやいや、石にはそんなに削った跡が無い。

じーっと観ていると軟らかそうに見えてくる。

Inca_stone01

12角の石

Inca_stone02

扉の脇にある、

Inca_stone03

手の込んだ14角の石。

Inca_stone04


Yちゃん曰く、現代人の 「石は固いもの。軟らかくなるはずはない。」 という固定観念が軟らかくすることを邪魔をしているらしい。また、便利な生活を手に入れた一方で現代人が失ってしまった多くの潜在能力の一つだったのかも知れない。

インカ人は石を軟らかくする方法を知っていた、というのはいささか飛躍した話かもしれないけど、何かに行き詰った時、彼らインカ人のことを思い出し、固定観念をちょっと捨てて自分の潜在能力に助けを求めてみるのも悪くない。

サクワイワマンの巨石
見事に納まっている。

Inca_stone05


[ つづく ]

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【インカへの道】 高山病にならないために

ペルーに行こう!と決まった後、職場に行ったことがあるという人がちらほら現れた。
そしてその人達が真っ先に口にするのが 高山病 なのである。

高山病
幸いにも私は高山病にはならなかったが、体調が悪くなってしまっては愉しい旅行もだいなしである。

そこでこれからアンデスを目指すあなたのために、ガイドさんや諸先輩方のアドバイス、そして私達の経験を元に、できるだけ高山病にならない方法を記録しておこうと思う。

一、高地では深呼吸(呼吸ではなく 呼吸) を意識する。空気が薄いのだからその分たくさん体内に取入れる努力をするべき。
一、お腹チャプチャプでもたくさん水分を摂る。高地はものすごく乾燥している。知らない間に体の水分がどんどん奪われ、血液の循環を鈍らせるらしい。
一、高地へ向かう時はできるだけ車内等で寝ない方が良いと思う。(寝ると呼吸は浅くなるし水分も摂らないから。)
一、高地では何事もゆっくりとした動作で。早い動作は心拍数があがってしんどいだけ。
一、高地ではお風呂(湯船)には入らない。熱いシャワーも禁物。
一、高地では暴飲暴食は避ける。お酒も控えめに。(低酸素の高地では胃腸の活動が鈍くなるので負担を掛けないように腹八分目で。)
一、高山病の症状、頭痛や消化不良の為にお薬を準備しておく。
一、過去の経験を過信しない。富士登山で平気だったからと言って、ペルーで大丈夫という保証はまったく無し。


高山病には アセタゾラミド(Acetazolamide) という予防薬がある。また漢方薬にも 紅景天(コウケイテン) という高山病予防に効くといわれるものがあり、今回私達はこの紅景天をペルーに着いてからこれを飲み続けてみた。(漢方なので、効いたかどうかは未だにわからない。)

そして高地にあるホテルには必ず酸素吸引機がある。大きなホテル(日本人がよく利用するホテル) なら 「サンソ!」 と言えば部屋まで酸素を運んでくれる。
ちなみに今回、迂闊にも チチカカ湖 3,800m で熱いシャワーを浴びて心臓バクバクになったYちゃんは10分間の酸素吸引を受け、翌日はすっかり回復していた。

徐々に標高に順応できるようなゆったりとした日程を組めれば一番なのだが、ほとんどの社会人はなかなかそんな旅行はきない。
今回私達は リマ(限りなく標高 0m) → ナスカ 600m → アレキパ 2,400m → コルカ渓谷 3,600m → チチカカ湖(プーノ) 3,800m → ウルバンバ 2,900m → マチュピチュ 2,000m → クスコ 3,400m 
という比較的高地に順応しやすい日程だったのが良かったのだが、中にはいきなり日本から クスコ 3,400m に入りそこからマチュピチュ遺跡を見学するコースもあるのでそんな場合は特に要注意。

備えあれば憂いなし。しっかり準備して愉しい旅行にしたいものである。


[ つづく ]

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【インカへの道】 天空都市、マチュピチュ

チチカカ湖畔の町 プーノから、ウルバンバ川沿いの 6,000m級のアンデスの山々に囲まれた 『インカの聖なる谷』 を目指す。
この 聖なる谷 から マチュピチュ遺跡 へ行くのだ。

クスコ から マチュピチュ へ行くのが一般的なようだが、私たちはこの 聖なる谷 にある ウルバンバ という町に一泊しそこからマチュピチュへ向った。この聖なる谷の辺りまで来ると、緑が増え、背の高い木も見られるようになり、昨日までの荒涼とした景色とはかなり変わってくる。

ついに マチュピチュ遺跡 へ行く日がやってきた。
前の夜は、ずっと夢物語だと思っていた マチュピチュ に本当に行けるんだ、となんとなく不思議な気分。
当日の朝は緊張のあまりホテルのどっかにカメラを忘れたままバスに乗り込み、出発直前に取り戻す、という失態も演じた。

ウルバンバ から直ぐのところにある オリャンタイタンボ という町から Inca Rail に乗ってまずは マチュピチュ村 へ向かう。この鉄道路線が今年1月の大洪水で不通になったところ。今でもいたるところで復旧工事が行われおり、マチュピチュ村にも災害の傷跡があちこちに残っている。(雨季でも一日一時間くらしか雨の降らないところなのに、一週間大雨が続いたそうだ。)

Inca Rail

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ウルバンバ川に落ちた線路

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マチュピチュ村 から遺跡までは、葛折りの未舗装道路をかなりのスピードで飛ばすバスで上ってゆく。
30分ほどで遺跡の近くに一つだけあるホテル横にあるバス停に到着。
入口のゲートをくぐり、市街地入口とよよばれる門をくぐり、見張小屋 をめざしてどんどん登っていくと、ジャーン! いきなりあの、写真で見慣れた マチュピチュ遺跡 が目の前に ドカーン と広がったのだ。
すごい、凄い、スゴーイ、本物だー。

この上にある 見張小屋 から望むと、

Machupichu_02

ドカーン! と目の前にこの景色が。

Machupichu_03


実は マチュピチュ へ行きたい、とは思ったものの、それがいつの時代のなんの遺跡なのかさっぱりわからなかった。いいかげんなものである。
マチュピチュ遺跡はインカ帝国の時代に造られたもので時代はそんなに古くなく、建設が始まったのは 1,450年頃。そして 1,540年頃にはスペイン人の襲撃を恐れて山の向こう、アマゾンの方へ逃げて行ったらしいと言われている。
(結局スペイン人には見つけることはできなかった。)
そのまま約400年、誰にも知られないまま草木に埋もれていた遺跡は 1911年7月24日、アメリカの歴史学者ハイラム・ビンガム氏(インディー・ジョーンズのモデルらしい) に発見され世間に知られるようになった。

マチュピチュはインカ人にとっては、天体観測(占い)をしたり瞑想をしたり、そして王の離宮という特別な場所であった。なので四方を山に囲まれた秘境を選び、ここへ至る道はたった一本だけ、いくつもの関所を設けていた。そして重要な建物は見事な石組と大小の自然石を利用して造られ、水路も整備し、その見事な工法により遺跡として現在に至っている。

当時はどんな風景だったのだろう?

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じーっと眺めると、石の組合せが鳥に見える。

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一日目はゆっくり遺跡の中を歩いたり、景色の良いところでボーッと座ったり。
二日目は インカ道 を歩いて "インティプンク (太陽の門)" とよばれているところまで歩き、遠く離れた上からマチピチュ遺跡を眺めた。

インティプンクへ続くインカ道

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インティプンクから眺めたマチュピチュ

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遺跡は想像していた以上に雄大で神秘的なところだった。かと思えばリャマがあちこちでのんびり草をむしゃむしゃ食べている。そんな遺跡の中を観光客は自由に歩くことができ(時々監視員にピーッと警告の笛を吹かれている人もいたが)、お気に入りの場所に座ったり寝転がったりしてそれぞれの時間を過ごすことができる。
そんなこともひっくるめて 『プロが選ぶ世界遺産』 堂々の一位に輝いたことが納得できる マチュピチュ であった。


[ つづく ]

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【インカへの道】 チチカカ湖遊覧

たしか地理の時間、
世界一深い湖は "バイカル湖"。
世界一大きい湖は "カスピ海"。
世界一高地にある湖は "チチカカ湖"。
と習った記憶がある。
また、お父さんとお母さんがいる湖はどーこだ?
なんていうなぞなぞもあったけ。

一番ほにゃららなところに行ける、とこっそり愉しみにしていたのだが実は違った。チチカカ湖(標高 3,810m) は "(動力エンジンを持つ)汽船などが航行可能な 面積1,000平方km以上の湖としては世界一高地にある。" のであって、純粋に世界一高地にある湖では無かったのだ。
(ちなみに世界一高地にある湖はチベットにあるナム湖(納木錯) で標高 4,718m にあるだそうだ。)

とは言え、富士山より高いところに琵琶湖よりもずっと大きな湖があるのだ。湖の真ん中で空を見上げると、気のせいか空が近いような感じがする。

チチカカ湖 はペルーとボリビアにまたがっている。
湖にある島々にはケチュア族やアイマラ族、ウル族といった、先住民系の民族が居住しており、初代の王さまがこのチチカカ湖にある 太陽の島 Isla del Sol に太陽の子として降臨したのがインカ帝国の始まり、という伝説もあるインカの人々にとっては聖なる湖なのである。

聖なる湖、チチカカ湖の朝陽

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まず、チチカカ湖畔にある プーノ という町から船で約15分のところにある、トトラ(イグサに近い姿のカヤツリグサ科の植物)で造られた浮島が集まる ウロス島 を訪ねた。浮島へ降りると、さすがトトラを何層にも重ねて造られた島だけあって、足の裏がふかふかしている。
島の造り方、生活などを説明してもらい、島の人達が美味しそうにかじっているトトラをかじらせてもらったあと、民族衣装を着せてもらってご機嫌さんである。

ウロス島 (トトラの浮島群)

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私達は 湖のハート という名前の島へ上陸

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せっせとトトラを運ぶ

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カラフルな民族衣装

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そこからさらに片道3時間くらいのところにある タキーレ島 へ向かう。途中、湖の上で漁師さんから今日のお昼の食材、鱒(マス)を仕入れる。このチチカカ湖畔にもインカ時代の段々畑があちこちに残されており、美しい風景だ。

島へ近付くと、遠くにボリビア側の頂きに真っ白な雪をかぶった標高6,000mを超える山々が見えてきた。(が、標高3,800m地点から観るのでそんなんに高くは見えない。)

タキーレ島

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タキーレ島にはケチュア族の人達が暮らしている。ここでも島の生活や織物・編物を見せてもらった。織物は女性がするもの、編物は男性がするもの、という風習だそうだ。
立っている人がいるとすっ、と椅子を運んできてくれたり、体調が悪くなった人を熱心に介抱したり、とペルーの人達の心優しさにも触れた船旅だった。

島の住宅兼レストラン

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最後は音楽隊の演奏でお見送り

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[ つづく ]

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