チチカカ湖畔の町 プーノから、ウルバンバ川沿いの 6,000m級のアンデスの山々に囲まれた 『インカの聖なる谷』 を目指す。
この 聖なる谷 から マチュピチュ遺跡 へ行くのだ。
クスコ から マチュピチュ へ行くのが一般的なようだが、私たちはこの 聖なる谷 にある ウルバンバ という町に一泊しそこからマチュピチュへ向った。この聖なる谷の辺りまで来ると、緑が増え、背の高い木も見られるようになり、昨日までの荒涼とした景色とはかなり変わってくる。
ついに マチュピチュ遺跡 へ行く日がやってきた。
前の夜は、ずっと夢物語だと思っていた マチュピチュ に本当に行けるんだ、となんとなく不思議な気分。
当日の朝は緊張のあまりホテルのどっかにカメラを忘れたままバスに乗り込み、出発直前に取り戻す、という失態も演じた。
ウルバンバ から直ぐのところにある オリャンタイタンボ という町から Inca Rail に乗ってまずは マチュピチュ村 へ向かう。この鉄道路線が今年1月の大洪水で不通になったところ。今でもいたるところで復旧工事が行われおり、マチュピチュ村にも災害の傷跡があちこちに残っている。(雨季でも一日一時間くらしか雨の降らないところなのに、一週間大雨が続いたそうだ。)
Inca Rail

ウルバンバ川に落ちた線路

マチュピチュ村 から遺跡までは、葛折りの未舗装道路をかなりのスピードで飛ばすバスで上ってゆく。
30分ほどで遺跡の近くに一つだけあるホテル横にあるバス停に到着。
入口のゲートをくぐり、市街地入口とよよばれる門をくぐり、見張小屋 をめざしてどんどん登っていくと、ジャーン! いきなりあの、写真で見慣れた マチュピチュ遺跡 が目の前に ドカーン と広がったのだ。
すごい、凄い、スゴーイ、本物だー。
この上にある 見張小屋 から望むと、

ドカーン! と目の前にこの景色が。

実は マチュピチュ へ行きたい、とは思ったものの、それがいつの時代のなんの遺跡なのかさっぱりわからなかった。いいかげんなものである。
マチュピチュ遺跡はインカ帝国の時代に造られたもので時代はそんなに古くなく、建設が始まったのは 1,450年頃。そして 1,540年頃にはスペイン人の襲撃を恐れて山の向こう、アマゾンの方へ逃げて行ったらしいと言われている。
(結局スペイン人には見つけることはできなかった。)
そのまま約400年、誰にも知られないまま草木に埋もれていた遺跡は 1911年7月24日、アメリカの歴史学者ハイラム・ビンガム氏(インディー・ジョーンズのモデルらしい) に発見され世間に知られるようになった。
マチュピチュはインカ人にとっては、天体観測(占い)をしたり瞑想をしたり、そして王の離宮という特別な場所であった。なので四方を山に囲まれた秘境を選び、ここへ至る道はたった一本だけ、いくつもの関所を設けていた。そして重要な建物は見事な石組と大小の自然石を利用して造られ、水路も整備し、その見事な工法により遺跡として現在に至っている。
当時はどんな風景だったのだろう?

じーっと眺めると、石の組合せが鳥に見える。

一日目はゆっくり遺跡の中を歩いたり、景色の良いところでボーッと座ったり。
二日目は インカ道 を歩いて "インティプンク (太陽の門)" とよばれているところまで歩き、遠く離れた上からマチピチュ遺跡を眺めた。
インティプンクへ続くインカ道

インティプンクから眺めたマチュピチュ

遺跡は想像していた以上に雄大で神秘的なところだった。かと思えばリャマがあちこちでのんびり草をむしゃむしゃ食べている。そんな遺跡の中を観光客は自由に歩くことができ(時々監視員にピーッと警告の笛を吹かれている人もいたが)、お気に入りの場所に座ったり寝転がったりしてそれぞれの時間を過ごすことができる。
そんなこともひっくるめて 『プロが選ぶ世界遺産』 堂々の一位に輝いたことが納得できる マチュピチュ であった。
[ つづく ]
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