7分、3分 と 1分半

最近、電車の社内でお化粧をしている女子を見かけることが多い。そのことの善し悪しはさておき、立っている時など暇つぶしになるので観察しているが、揺れる車内で見事なアイラインを引く彼女達のテクニックはお見事である。

もう一つ感心していること、それは彼女たちのまつげにかける時間である。そんなに塗ったら隙間がなくなるんちゃう?と心配するぐらい丹念にマスカラを塗るのである。

朝、いつも車内で見事に変身する女子を観察していてふと思いついた。
彼女がマスカラを塗り始めた瞬間、腕時計を見る。
7:21 27。
そして彼女がマスカラの蓋を閉めた瞬間、腕時計を見る。
7:28 43。
7分以上マスカラを塗り続けていたのか!
と感動したのも束の間、彼女は別のマスカラを取り出し今度は下まつげにせっせと塗り始めたのだ。その時間約3分。

上下合わせて10分。

翌朝、自分のマスカラを塗る時間を図ってみた。対抗心?を燃やし、いつもより丁寧に丁寧に塗ったつもりが結果は約1分半。
彼女たちの足元には遠く及ばない。


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寝台列車

数年前、屋久島へ行った時に計画を立てたり交通機関の手配をしてくれたのは血管が線路でできているのではないかと思われるほど鉄道好きのC君。愛読書はもちろん時刻表。いわゆる 「鉄チャン」 である。
その彼が迷わず往路鹿児島までの交通手段に選んだのが 寝台特急 「なは」 であった。

寝台列車
私には縁の無い乗り物だったし、わざわざ乗りたいとも思ってなかった。
「飛行機の方が楽で早いんじゃないの?」 という私に対していかに 「なは」 で行く方がより良いか熱弁をふるうC君。反論の余地もなく、私は 寝台列車デビュー することになったのである。

以来寝台列車好きになった私は機会があれば利用するようになる。たとえば信州へのスキー。夜行バスで行くよりも 「シュプール号」 の寝台車両の方がよっぽど楽である。なんたってパジャマに着替えて横になって寝られるし、いつでもお手洗いへ行けるのだ。
今の密かな夢は 「カシオペア」 と 「サンライズ」 に乗ること。

そんな寝台列車も年々数が減り、「シュプール号」 も2006年に廃止されてしまった。

そして2008年3月14日。
寝台列車 「なは」 「あかつき」 そして 「銀河」 が一気に廃止になってしまった。
その悲しい知らせを聞き、 「銀河に乗って東京へ行こう!」 という計画を立てこの1月に往復 「銀河」 に乗る旅を満喫したが、こうしてまた寝台列車が消えてゆくのはなんとも寂しいことである。

しかしこの最後の列車を見送る鉄道ファン、その99%が男子。
なぜなんだろう?

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金剛山 雪山ハイキング

大阪府の最高峰金剛山(標高 1,125メートル)は登山回数に挑戦することで有名でも、中には1,000回を越える達人もいらっしゃる。
周りの友人に聞けば、南大阪界隈の子供たちは一度は遠足等で足を運ぶ気楽な山だそうで、一度は登ってみたいもんだ。

・・・と思っていたとあるランチタイム、洞川温泉 で仲良くなった職場近くのレストランのオーナーに何げなく 「金剛山に登りたい」 とおねだりしてみる。するとその次に行った時には、用意万端、資料が準備され日程も 2月3日 と決まっていた。
「金剛山に登るなら樹氷のみられる冬がイイ」 と早々に計画を立ててくれたのだ。
(言ってみるもんだねぇ...)

折しも低気圧の接近で週末の予報はかんばしくない。中止だな、きっと、と思っていたら大間違い。
「君達はラッキーだねー イイ景色が観られるよ!」
・・・えーっ 行くの? そ、そ、遭難しないよね???

本当にラッキーかどうか不安を感じつつ、この間の日曜日、同期のKちゃんYちゃんと連れだって初めての金剛山、それも初めての雪山ハイキングに挑んだ。

そして結果は、遭難するどころか(当たり前だけど)楽しかったのなんの。前日からの降雪で新雪がたっぷり。おまけに超極寒を覚悟していたのに風も無く山頂でもまったく寒くない。しかも小学生が遠足で行くくらいなので歩く距離短いときている。

お決まりの雪だるまを作り、ランチ・タイム用に準備していた断熱マットを簡易ソリにしてハイキング道を滑り降りる。どうやらエエ年した大人でも雪を見ると童心に帰るようだ。

そんな話をしていたら 「目に浮かぶわー、子犬みたいにはしゃいでる姿。」 と言われた。

・・・子犬?


大阪府南部の山とは思えない雪景色。


Kongo_01


Kongo_02

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赤い夜景

生まれて初めて(後ればせながら) 東京タワー に上った。

夜の東京タワー。600円追加ではりこんで特別展望台にも上がる。地上250メートル。どの方角を眺めても同じような景色。山が無いので夜景が海のように広がっている。

そしてふと家から眺める神戸の夜景と比べて何かが違う、と感じた。まず、光の数がけた違いに多い。
でもそれ以外にも何か違うのだ。何かが違う、何かが違う、何かが、、、

・・・そうだ赤い。東京タワーから見える夜景は赤いのだ。
よく観てみるとビルの屋上の4つの角に赤いライトに気づく。点滅しているもの、点灯しているもの。中にはビルの途中階にも同じように赤いライトが設置されている。そんなビルが無数にあるので全体的に赤く見えるのだ。

この赤いライトの正体は 航空障害灯
【航空法第51条】で、地表又は水面から60メートル以上の高さの物件の設置者は、国土交通省令で定めるところにより、当該物件に航空障害灯を設置しなければならない...と定められているのだ。

きっとこの法律が施工されてからどんどん高層ビルが増え続け、東京の夜景を赤く染めてしまったのだろう。そろそろ高さの制限、変えてもいいんじゃない?

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十二月十二日

兵庫県猪名川町に 「静思館」 として残されている昭和初期の民家の台所の片隅に "十二月十二日" と書かれた小さな紙切が上下逆さに貼ってある。
十二月十二日十二歳 の子供が 十二月十二日 と書いて逆さに貼ると火事にならない、というおまじないらしい。
実はこの紙切れ、この家で暮らしていた私の母が十二歳の時に伯母に頼まれて書いたものである可能性が高い。

この 「十二月十二日」 を上下逆さに貼るおまじないを検索してみると 「泥棒除け」 としているものが多い。
十二月十二日は石川五右衛門の命日なので泥棒は慎むように、ということらしい。昔泥棒は天井裏から忍び込んだので天井裏からちゃんと読めるように逆さに貼るんだとか。

私にも一つ(ちょっと恥ずかしい)おまじないがある。
"お手洗いに今すぐ行きたい緊急事態" におちいった時、心の中で 「いっち、にっ、さんっ、しっ、やったぜカトちゃんっ」 と何度か唱える。するとあら不思議、緊急事態の症状がしばらくおさまるのだ。

誰に教えてもらったのかすっかり忘れてしまったこのおまじない。小学生の頃から何度もピンチを救ってもらっている。もし私が鳥肌になりながら何かをブツブツ唱えていたら緊急事態だと推測してもらえるとありがたい。

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ヴァザーリの回廊

Corridoio Vasariano.

私が勝手に 秘密の回廊 とよぶ回廊の "ヴァザーリ" という名は、当時建築家・画家・文筆家として活躍していたこの回廊の設計者 ジョルジョ・ヴァザーリ の名前に由来している。メディチ家の君主コジモ1世に依頼され、5ヶ月という短期間で完成させた。(1565年8月に完成)

ウッフィツィ美術館からピッティ宮殿まで行くにはアルノ川を越えなければならない。
ヴァザーリは新しく橋を架ける代わりにフィレンツェで最も古い橋、Ponte Vecchio (ヴェッキオ橋) に二階部分を積上げた。回廊が造られる前、橋の一階部分はお肉屋さんだったが臭いを嫌ったメディチ家の為に彼らは追い出され、代わりに貴金属工房が商いを始めそれが現在に至っている。

ウッフィツィ美術館の有名な絵画たち、ボッティチェッリの 「春」 「ヴィーナス誕生」 、ダ・ヴィンチの 「受胎告知」 などを見学し、いよいよ回廊へと進む。

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見ての通り、回廊内部は意外に質素な造りである。

ウッフィツィ美術館の3階にある扉から回廊へ入り、2階まで階段を下りてカクカクと曲がると回廊はアルノ川沿いにヴェッキオ橋へ向かう。窓から少し先に橋が見える。
アルノ川沿いのこの回廊の突き当たりを左に曲がるとヴェッキオ橋上の回廊へと続く。イタリアで最も有名なこの橋に集まったたくさんの観光客を上からこっそり見下ろすとなんだかちょっと偉くなった気分。

壁の両側に飾られた 【肖像画コレクション】 は有名だそうだ。設計者ヴァザーリの自画像にはじまりイタリア人画家やルーヴェンス、ヴェラスケス、レンブラント、ドラクロワ、シャガール等々、無数の肖像画が飾られている。

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ヴェッキオ橋を過ぎると、左手に 「サンタ・フェリチタ教会」 の礼拝堂を見下ろせる窓があり、メディチ家の人々は庶民に気付かれることなく礼拝に参列できるようにさえなっている。
(これは誰のアイデアだったのだろう?)

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教会を過ぎ、少し行ったところで扉の外へ促されるとそこは突然炎天下の屋外だった。回廊は更に宮殿内に続いているのだが、やはり所詮は見学者である庶民、宮殿の中にまでは入れてはもらえない。庶民用のその出口はボーボリ庭園の 「グロッタ」 の左脇の小さな扉。6年前にもこの場所を訪れているけど扉があることすら気づいていなかった。

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帰り道は回廊に沿って通ってきた道のりを回廊を見上げながら歩いた。・・・私にも勤務先までこんな回廊があったら雨にも濡れず自転車通勤ができるのになぁ...などと空想しながら。

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秘密の回廊を目指せ!

その回廊はフィレッツェの中心部にある。
16世紀頃この街に君臨したメディチ家がウッフィツィ美術館(当時の仕事場)からアルノ川の反対側にあるピッティ宮殿(当時の自宅)までを安全に(そして雨にも濡れずに?)行き来できるように造らせた地上2階の位置にある専用の通路である。宝飾店が集まっていることで有名なヴェキオ橋の上も通っているこの回廊の長さは約1kmにも及ぶ。

そう。秘密でもなんでもない。この回廊はフィレンツェを訪れた人なら必ず一度は目にしているはずなのである。
しかしこの回廊は限られた期間に限られた人数にしか一般公開していない。

その名は 『ヴァザーリの回廊』。

この回廊のことをテレビ番組で知り 「歩いてみたい!」 と思ったのは私だけではあるまい。10年以上ヨーロッパ、特にイタリアを中心にツアーコンダクターをしていた友人でさえ見学したことが無い 秘密の回廊 なのだから。

秋にフィレンツェを訪れることを決めた時、真っ先に調べたのがこの 『ヴァーザーリの回廊』 見学である。これが実現できなければ愉しみ半減なのだから。ところがフィレンツェに住んでいる友人に調べてもらったところ、"10人以上のグループ で申し込まなければならない" いうことが判明。
10人! 個人旅行で10人集めるのは至難の業である。やはり無理か...

半ばあきらめていたところ、友人が地元の情報紙で 9月8日(日) の見学ツアーの記事を発見して直ぐにメールをくれた。

や、や、や、やったー!

・・・というわけで、念願の 秘密の回廊 を見学することができることになったのである。


つづく。

夜のヴェッキオ橋。
アーチの上の2階部分が回廊

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筒井さんへ

NHK 「おはよう日本」 関西版 6:54am 頃に登場する 気象予報士の筒井幸雄さんへ

私は毎朝貴方の誠実な天気予報を聞き、傘を持って出たり、靴を雨用に履きかえたり、上着を持って出たりします。予報が外れた翌朝 「すみませんでした」 と謝ってくださる貴方の真摯な態度にもとても好感を持っています。

しかし、一つだけ気に入らないことがあります。それは台風が日本列島に近づいてきた時です。時速15km 程で進むのんびりとした台風を貴方はいつも 「自転車並の速度」 と表現します。これはいけません。今朝も 台風9号 フィートウ をこう表現されていましたね。

筒井さんはご存知無いかも知れませんが、スポーツとして自転車を愉しんでいる人なら平地でも時速 30km ~ 40km ぐらいで走ります。これが世界トップレヴェルの競技選手ともなると、下り坂なんて時速 100km ぐらいでカッ飛んでいきます。

一つ提案です。今後、時速 15km の台風については 「普段はだらだら走っているママチャリが、用時を思い出してちょっと頑張っている程度の速度」 と表現されてはいかがでしょうか。

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篠原○△町の山岳王

朝、家の前の道、神戸市内で三番目にきついと云われている坂道をトコトコ駅に向かって歩いていた。なんとなく気配を感じたので振り返るとビシッとサイクルジャージに身をつつんだ Pinallello にまたがるロードバイカー。今までも通勤途中に何度か目撃しているヒトである。

ツール・ド・フランスの山岳カテゴリーなら超級間違いなしのこの激坂を彼は慎重に下ってゆく。
そうそう、ロードバイクのブレーキだとこの坂は怖いんだよねー
気をつけてねー と心の中でエールをおくりながら見送った。
(私は一度エライ目に遭って以来、ロードバイクの時は押して下ることにしている。)

そしてまたトコトコ歩いていると、なんとそのロードバイカーがこの超級の坂をスイスイ登って来たのである。見たところたいして辛そうでもない。おまけに通りすがりに確認すると後ろのギアはナントまだ1枚残っているではないか。

ちなみに私はと云えば、その昔毎週のようにMTBで六甲山を走り回っていた頃、この坂をMTBのいっちばん軽いギアで左右に大きく蛇行しながら登ったことがある。
・・・そしてこれが後にも先にも一度っきりのチャレンジであった。

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【洞川温泉】 七夕の夜

夕食の後お宿の人が蛍見物に連れて行ってくれるというので出発までの間、宿の廊下にある椅子でのんびり夕涼みをしていた。
そこにひょこひょこ浴衣姿の見覚えのある人物が通りがかる。

・・・(○△□の)店長にそっくり、、、
ひょぇ~っ  ほっほっほっ 本人じゃん!

そう、そこに現れたのはKちゃんともランチをよく食べに行く職場近くのレストランの無愛想な店長。この前日にも店で顔を合わせたばかり。こっちも驚いたがあっちもむちゃくちゃ驚いている。
「まさか君らやったとは!」

君らやった、、、?

実は店長はお宿の人から今晩は女二人連れが宿泊することを聞かされていて、アホな奴らがおるもんや、と呆れていたらしい。

無愛想な店長は実はとても陽気で愉しい人だった。そのお友達も愉快な人達。一緒に蛍見物に行き、McKintosh のアンプに JBL のスピーカーが置かれた談話室でジャズを聴きながら遅くまで語らう。

時は 07年 7月 7日 の夜。
空は曇っていてあいにく天の川は見られなかったけれど、この天川村でおきたこの偶然の出会い、蛍の優雅なヒカリを眺めながら何か不思議な縁を感じた 七夕の夜 であった。

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